鈴木牧場の思い


酪農を取り巻く現状に向き合う

南十勝・太平洋に面した広尾町、海岸にほど近い場所に鈴木牧場はあります。

代表・鈴木敏文と妻・なつきの夫婦を中心とした家族経営の牧場です。

 

「人の健康に貢献する、健康な食べ物を生み出すこと」

これが、鈴木牧場の目指す酪農です。

 

みなさんは「酪農」と聞くと、どんなイメージを持ちますか?

青々とした牧草地を牛たちがのんびりと歩き、草を食む・・・

 

多くの人が思い描く北海道の酪農のイメージではないでしょうか。

 

しかし、実際には、そうばかりではありません。

多くの牛たちは、管理された環境の中で、科学的に計算されたエサを食べ、「最適な品質」の牛乳を「生産」するための「生産設備」のように扱われている、というのが実態なのです。

 

ここ鈴木牧場も例外ではありませんでした。

 

牛乳の品質は「乳成分」で測られます。

乳脂肪分が多く、しかも、1年中一定した乳成分を維持することが、現代社会の食糧事情が求める品質です。

牛たちに、理想的な乳成分の牛乳を出してもらうため、多くの酪農家では「栄養設計」という作業を行います。

人間でも、高カロリーな食事を摂ると多くの脂肪が生成されるのと同じく、牛たちも、本来の草食動物であれば食べることのない、穀類などを多く摂ることで、高い乳脂肪分を含む牛乳を出すように飼育されます。

 

また、牛が乳を出すためには、常に妊娠・出産を繰り返す必要があります。

そのために、出産後2ヶ月で、すぐに授精を行い、次の出産に備える・・・この繰り返しを乳牛たちは宿命として背負っているのです。

大規模酪農が一般化し、1つの牧場で数百頭という多くの牛を飼育するスタイルが定着して以降、飼育の効率化による「生産性向上」がもっとも重要なこと、と考えられているのです。

危機から学んだ新たな「あり方」

鈴木牧場に転機が訪れたのは、2008年と2010年、立て続けに襲った牛たちの伝染病の蔓延でした。

牛乳を出荷することができなくなり、経営は大打撃。

必死で牛たちの治療を行い、牧場の立て直しに取り組む中で、今後の経営安定、効率化について、夫婦で何度も話し合いました。

獣医師でもある妻なつきの「大事なのは治療じゃなくて予防だよ。予防が最大の治療だよ!」という言葉に後押しされ、「牛を健康に管理する」ということに徹底的に取り組む決意を固めました。

 

サプリメントやエサへの添加剤の使用、サイレージ(長期保存用牧草)の作り方の改善・・・

あらゆることを試すうち、次第に、牛たちの病気は減っていきました。

病気が少なく、乳量も乳成分も優れた成績を収めた鈴木牧場は、その取り組みが2014年、農林水産大臣表彰を受けるまでになりました。

 

乳牛は、病気になるのが当たり前、病気になったら治療をすればいい、という考え方から、病気にならない飼育を徹底する、という考え方へシフトしたのです。

 

しかし、人間が徹底して手をかけ、科学的に管理する飼育を続ける中、ふとした疑問が浮かびました。

「野生の鹿たちは、山の草木しか食べていないのに、なぜ、筋肉も脂肪もしっかりあって、しかも、毛ヅヤも美しく、健康なのだろう? 同じ草食動物の牛が、自然の草だけで健康になれないのは、何かがおかしいのではないだろうか?」

 

そこから、鈴木牧場では、牧草栽培に使う化学肥料と農薬を少しずつ減らしていく取り組みを始めました。

より自然に近い酪農を目指して

そして、2018年、ついに、無農薬・化学肥料不使用の牧草栽培を実現しました。

自然の生態系サイクルでは、枯れた草木や昆虫の死骸などを土の中の微生物が分解し、腐葉土が出来上がります。

その栄養を吸収して、また、新たな植物が育つ。

これを畑に応用し、自分の牧場から出る牛たちの糞尿から作ったたい肥と、土の中の微生物の働きだけで牧草を育てるのです。

このような栽培方法でも、牧草の収量は変わりません。

さらに嬉しいことに、牛たちが、草を本当によく食べてくれるのです。

しかも、ほぼ、牧草だけを食べている牛たちから搾った牛乳は、以前より乳脂肪分が増え、牛乳の品質も向上しました。

今では、病気にかかる牛もほとんどなく、牧草を食べたいだけ食べ、毛ヅヤも美しく幸せそうな牛たちが、毎日、たくさんの牛乳を安定的に出してくれます。

 

ここまでの歩みを振り返って感じるのは「今ここに生きている」という当たり前のことが、いかに大切か、ということです。

今、この瞬間を生きる私たちは、過去も未来も集約されて存在しています。

今どう生きるかによって未来は無限に変わっていく。

また、今をどう過ごしているかによって、過去の意味合いも変わります。

大切な今を精一杯輝かせて、今を一生懸命生きることが、命を育むことであり、私たち家族にとっての豊かな人生を全うすることなのだと感じます。

それらをこの大自然や野生のシカたちが教えてくれた気がしています。

健康的な食べ物は健康的な生産現場から

毎日口にする食べ物は、人の体をつくり、命をはぐくむ大切なものです。

食べ物は、生きる土台であり、食べることで健康になれるようなものであるべきです。

そうであるならば、その食べ物が生み出される場もまた、健康的でなければならない。

私たちはそう考え、牛たちの健康を第一に、酪農に取り組んでいます。

それが、牛乳や乳製品を口にする人たちの健康につながるものであると信じるからです。

 

そんな私達にとって、忘れられない嬉しい出来事がありました。

福岡県から北海道一周旅行に訪れた方が「大好きな牛乳を搾りたてのフレッシュな状態で飲んでみたい」と、旅先で話したところ「広尾町の鈴木牧場に行けば美味しい牛乳が飲める」と聞きつけて、わざわざ訪れて来てくれたのです。

その方は、牛乳を飲んで「美味しい!「やっぱり違う!」と喜んでくれました。

その数カ月後、送られてきたお礼のお菓子に添えられていた手紙には「突然の訪問にもかかわらず快く対応していただきありがとうございました。今まで飲んだ中で、一番美味しかったです。一生の思い出ができました」と書かれていました。

農業の現場は「人間形成の場」でもある、と私たちは考えています。

牛乳を大量に生産したり、美味しい牛乳を生産することだけではなく、牧場を知らない人たちにも、夢を感じられるこの広々とした空間を体験してもらう、そうしたことをを提供するのも、これからの酪農の価値なのではないか、と感じています。

 

多くの人たちに、生産現場を知っていただき、命をはぐくむ大切さ、命を支える食べ物と、それを生み出す自然の大切さを知ってもらいたい。

そのためにも、人々と酪農との関係が、単にスーパーで牛乳や乳製品を買うというだけの接点から、休暇を牧場で過ごすという文化へと発展し、そのことを通じて、より多くの人に、食や命への感謝を感じてもらえるようになれば・・・。

それが、私たち鈴木牧場の願いです。